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福岡地方裁判所 昭和36年(モ)978号 判決

判  決

福岡市西簀子町五三番地

申請人

広田昌江

右訴訟代理人弁護士

田中実

同市平尾西平和町五一九番地の三

被申請人

月田米男

右訴訟代理人弁護士

真鍋秀海

みぎの当事者間の仮処分決定に対する異議事件につき、次のとおり判決する。

主文

当庁昭和三六年(ヨ)第一九二号不動産仮処分事件につき昭和三六年六月七日付でなされた仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

一、申請人代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり陳述した。

(一)  申請人は申請外東川喜一郎から昭和二四年八月一日別紙目録記載の建物を賃料月額金一〇〇〇円賃借期間五年間の約旨で賃借し、引続き同建物に居住していたところ、同建物の所有権はその後みぎ東川から申請外榊勝美、同田上アイ子、同坂上隆を順次経由して被申請人に移転したので、みぎの賃貸借契約上の貸主の地位もこれらの所有者に順次移転し、かつ前記賃貸借契約期間の満了に際し貸主から更新拒絶の意思表示を受けたこともないので、現に被申請人と申請人との間に本件建物につき賃貸借契約が継続している。

(二)  しかるに原告被申請人、被告申請人間の福岡簡易裁判所昭和三四年(ハ)第四四四号家屋明渡請求事件において、被申請人は申請人に対し本件建物の所有権に基きその明渡を請求したのに対し、昭和三六年四月五日

(1)  被告は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  本判決は原告が金三万五〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

との趣旨の判決言渡があり、被申請人はみぎの仮執行の宣言に基き金三万五〇〇〇円を供託した上、同年六月五日申請人に対する建物明渡の強制執行に着手し、同日執行を終了した。

(三)  申請人は同年五月二三日当裁判所にみぎの判決に対する控訴を提起し、更に賃借権確認の反訴を提起したが、家財道具や食堂営業用の什器備品一切を本件建物の屋外に搬出されて本件建物から退去させられたため、生活の道を断たれ、高等学校在学中の娘を抱えて路頭に迷わなければならないから、かゝる急迫の危難を避けるため、みぎの反訴判決の確定にいたるまで申請人が本件建物の賃借人であることの仮の地位を定める必要がある。よつて、当庁昭和三六年(ヨ)第一九二号不動産仮処分事件において、

(1)  被申請人の本件建物に対する占有を解いて申請人の委任する執行吏にその保管を命ずる。

(2)  執行吏は現状不変更を条件として仮に申請人に本件建物の使用を許さなければならない。

との主旨の同年六月七日付仮処分決定を得たものである。

(四)  そもそも仮執行宣言は判決が確定するまでの一時的仮の処分として、

(1)  財産権上の請求に関すること。

(2)  仮執行の必要の認められること。

を要件とするが、(1)の要件は、執行を許しても性質上原状回復が比較的容易であることを要請しており、(2)の要件は、上級審で取消される可能性が少ないとか、即時に執行を許すことが勝訴者の権利実現に必要である反面、敗訴者に与える損害が回復すべからざる程度でないこと、等を考慮すべきことを要請している。そして仮執行宣言による執行が完了して民事訴訟法第五一二条による救済を求めえなくなつた場合に、仮処分申請によつて救済を求めてはならないという何らの規定もなく、むしろ、仮執行宣言の前記の性質にかんがみるときは、かゝる場合にこそ仮の地位を定める仮処分の制度の効用が期待されるのである。

すなわち、仮の地位を定める仮処分は、仮差押や係争物に関する仮処分と異なり、債権または請求権の執行保全の目的を有せず、当事者間の紛争により現実に生じている著しい損害を避け、もしくは急迫な強暴を防いで債権者を保護することを目的とするものであるから、被保全権利があり、かつ、みぎの目的を実現するための必要性の存する限り、保護すべき事態がいかなる場合であるを問わず、該仮処分による救済が与えられるべきであつて、保護されるべき事態が仮執行宣言に基く強制執行の結果生じた場合も、その例外となるものではない(ただ、この場合には、判決が証拠調の結果言渡されたものである限り、比較的厳格な疎明が要求されるであろうことは考えられる)。もし、仮執行宣言による強制執行が招来した事態は、上訴審により取消されない限り絶対に改変を許さず、仮の地位を定める仮処分の介入を許さないとするならば、融通自在であるべき仮処分制度の本来の面目を圧殺するものである。

しかも、仮執行宣言に基く強制執行は、敗訴当事者の上訴提起前にもなしうるのであるから、法律上仮執行宣言の執行停止の制度が認められていても、それは理論上唯一の救済方法たりえないのである。したがつて、かゝる強制執行が終了した場合には、被告は反訴を提起して仮執行宣言に基き原告に給付したものの返還を請求しうるから、その請求権の執行の保全のため、仮差押ないし仮処分を求めることができると解すべきである。

二、被申請人代理人は「本件仮処分決定を取消す。申請人の本件仮処分申請を却下する訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求め、先ず、本件仮処分は不適法であるとして、

本件仮処分決定は、申請人主張の一審判決の仮執行宣言に基く強制執行の終了後、事実上みぎの強制執行の執行前の状態を再現するために発せられたものである。仮執行宣言に対しては、控訴提起による執行停止の方法が法定されているにかかわらず、その方法をとらず、強制執行の完了後に至り仮処分によつて強制執行の結果を全く否定することは、仮執行制度を一片の空文に帰せしめるものである。したがつて本件仮処分は違法であるから、取消されるべきである。

と主張し、申請人の主張に対する答弁として、

申請人主張の(一)の事実中、別紙目録記載の建物に対する所有権が申請人主張のとおり移転したことは認めるが、申請人主張の賃貸借契約の成立は否認する。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実中、申請人主張の控訴および反訴が提起されたことは認めるが、保全の必要に関する主張は争う。

と述べた。

三、疎明<省略>

理由

原告被申請人、被告申請人間の福岡簡易裁判所所昭和三四年(ハ)第四四四号家屋明渡請求事件の仮執行宣言付判決に基き、被申請人が申請人に対する別紙目録記載の建物の明渡しの強制執行を完了したこと、みぎの明渡請求は所有権に基くものであること、および申請人がみぎの一審判決に対し当裁判所に控訴を提起し、引続き同事件につきみぎの建物の賃借権の確認を求める反訴を提起したことは、当事者間に争いがなく、本件記録によれば、その後みぎの反訴請求を本案として申請人を本件建物に入居させることを本旨とする主文第一項掲記の仮処分決定がなされた事実を認めうる。

被申請人は、本件仮処分決定は前記仮執行宣言付判決に基く強制執行の結果を否定するものであつて、かかる仮処分は違法である旨主張するから、まずこの点について検討する。

民事訴訟法五一二条は、仮執行宣言付判決に対し控訴を提起したときは、裁判所は申立により強制執行の停止ないし取消を命じうる旨を規定しているが、同法による執行の停止ないし取消の決定の送達前に強制執行が終了した場合、および控訴人が同法所定の申立をする以前に強制執行が終了した場合の本案判決前の救済方法については、強制執行法上何らの規定もない。そして、強制執行手続を同法第六編第四章所定の保全処分によつて停止することは一般に許されないと解されるから、みぎのように仮執行宣言付判決に基く強制執行が終了した場合には、該判決に牴触する仮処分を発することは許されないと解しうるようにみえるかもしれない。しかし、仮執行宣言付判決は、該判決が確定しない限り既判力を有するものではなく、しかも給付判決に基く強制執行は、一度終了した以上再度反覆して執行しうるものではない。他方同法第三八二条によれば、控訴審においても相手方が異議を述べない限り反訴を提起しうるのであるから、仮執行宣言付判決に対する控訴人が、該判決に基く強制執行の終了後に反訴を提起し、反訴請求権を被保全権利として仮処分を申請することは、それがたまたま強制執行の着手前と同様の状態を具現することを目的とするものであつても、何ら不適法ではなく、その被保全権利および必要性について疎明が存する限り、これを認容する仮処分決定は不当ではないというべきである。したがつて、前記の事実関係に徴するときに、被申請人のみぎの主張は理由がない。

そこで進んで、申請人の主張について検討する。(証拠)を総合すると、申請人の兄一ノ瀬嶺蔵は申請人の代理人として昭和二四年七月頃別紙目録記載の建物(ただし、当時は店舗部分はなく、居宅部分のみであつた)を申請外東川喜一郎から店舗兼居宅として使用する目的のもとに賃料月額金一〇〇〇円、賃借期間五年間、権利金六万五〇〇〇円の約旨で借受け、直ちに店舗部分の増築に着手し、申請人は同年八月上旬頃みぎの建物に入居して、前記の強制執行を受けるまで引続き本件建物に居住していた事実を一応認めることができる。(中略)そして本件建物の所有権が東川喜一郎から榊勝美、田上アイ子、坂上隆、被申請人と順次移転したことは当事者間に争いがないから、みぎの賃貸期間の満了前に更新拒絶の意思表示がなされたことにつき何らの主張も疎明も存しない本件においては、現に被申請人と申請人との間に本件建物につき期限を定めない賃貸借契約が存続しているものというべきである。

そして、前記(証拠)によれば、申請人は戦時中夫に死別し娘一人を抱え前記一ノ瀬嶺蔵の助力により本件建物に居住し不慣れな飲食店経営も近時ようやく安定して娘を高等学校に進学させているが、本件建物を離れては直ちに他に適当な店舗も住居も見出し難く、他に店舗を借用しえても新たに顧客を獲得するためには相当の資金と日時と努力を要し、それまでの間に相当な損害を受けることが予想されることを一応認めうるのに対し、被申請人が本件建物を直ちに必要とする事由については何ら疎明が存しないから、申請人は前記反訴事件の判決の確定にいたるまで仮に本件建物を使用する必要性を有するものというべきである。そして、賃借権確認請求を本案とする場合においても、必要性の存する限り、賃借人に仮の満足を与える仮処分をなしうると解するのを相当とするから、結局本件申請は正当であり、本件仮処分決定はこれを維持すべきである。

よつて、本件仮処分決定を認可すべく、訴訟費用は敗訴当事者である被申請人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

福岡地方裁判所民事第四部

裁判長裁判官 天 野 清 治

裁判官 大 和 勇 美

裁判官 渡 辺  昭

目  録<省略>

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